いきいきネット

いきいきネットは中高年の応援サイト

ちあきなおみ 作家である私の宝物


中村泰士

◆◆鮮やかな印象を残したテレビ番組のワンシーン

写真 歌手“ちあきなおみ”を語るのに言葉はいらない。
その歌唱力は、日本人ならば誰でも認めている。うまい! いい声だ! 表現力がすばらしい! と・・・。
私が、ちあきなおみのボイスを認識したのは「雨に濡れた慕情」という、鈴木淳さんの作品を歌っているテレビ番組を見たとき。身体中に衝撃が走ったのを今でも鮮やかに覚えている。
艶のある声の美しさはもちろん、ブレスの仕方が抜群に巧かった。ただ声のいい歌手というのは大勢いるが、本当に巧い歌手はブレスの仕方が違う。ちあきなおみはブレスまで歌に取り込んで、表現の手段にできる歌手だった。
それは詞もメロディも含め、歌全体を理解し、受けとめているからこそできることだ。
のちにドラマや演劇の世界でも活躍するちあきなおみの表現力を、私はその番組でいち早く見抜いたといってもいいかもしれない。「彼女を使いたい」そう思う演出家の気持ちが、私にはよくわかる。

◆◆自分だけのメロディライン『中村節』を探して

その頃私は、第一次冬の時代・スランプに陥っていた。
当時の先輩作曲家のメロディラインは、それぞれに『自分節』をお持ちだった。メロディを聞いただけで、それはどの方の作品か、私にはすぐ感じられた。
自分自身の中でこれが『中村節』だ、といえるメロディラインを生みだせていない。悔しかった。悩ましかった。そんなとき、ちあきなおみのボイスに出合った。
この人と仕事がしたい! 作品を書くことで、スランプを脱却することができる!
さっそくコロムビアレコードに電話した。
「ちあきさんにメロディを提供したい」
それは直ちに実現した。
「よし! これで抜け出せる」
作詞家・吉田旺さんとタッグを組み、「禁じられた恋の島」という作品ができあがり、レコーディング。
その日、私は初めてちあきなおみに会った。
「おはようございまーす」
アンニュイな声で、ふわっと入ってきた女の子、それがちあきなおみだった。ぼーっとした普通の子。少し心配になった。
私は思い切り力を入れて、当時、まだメジャーになっていない“16ビートのハーフ”といってもお分かり頂けないかも知れないが、新しいビートでメロディはちょっと演歌的な作品を用意していた。
いよいよ歌う、というときになって驚いた。マイクを囲む黒いカーテン。ちあきなおみはその中に入って歌い、レコーディングの姿を誰にも見せないのだ。歌い方の指示もインカムを通してするから、表情も見えない。大丈夫だろうか・・・。
できあがったものを聴いて、不安は完全に取り払われた。私の当初の期待通り、ちあきなおみは歌を見事に表現してくれた。これこそが、私の世界、『中村節』の誕生だと思えた。
しかし、結果は悲惨なものだった。売れない……。
生意気に「まだ一般ユーザーは、この作品を理解できないのか・・・」と呟いたりした。
わかりやすく言えば、季節は真夏なのに真冬の歌を書いていた。
だが、私の力み、時代の読み違えに気付く時間はそうかからなかった。
もっと軽く、私自身が、ちあきなおみのボイスに感じたままの表現をすればいい、と思えたのだ。

◆◆歌手に正面から向かい合い「喝采」でレコード大賞

そして、当時コロムビアレコード・ディレクターの東元さんと作詞家・吉田旺さんの力添えで「喝采」が誕生した。
ちあきなおみには音の高低の波が多い曲が合うと思い、音と音の間の跳躍を意識して曲を作った。
まずメロディができあがり、それと同時に、蔦が絡まる白い壁の前でたたずむちあきなおみの姿がパッと思い浮かんだ。そのイメージを吉田さんに伝えたところ、うまく取り入れて歌詞をつけてくださった。
まさかこんなにヒットし、日本レコード大賞を頂くなんて思ってもみなかった。そのことより、私の中でちあきなおみに正面から向かい合い、そのボイスに素直になれたことの方が今でも一番嬉しい。『中村節』が生まれたと思っていた。
しかし、半年、一年と過ぎて、そうではないことに気付いた。
私のメロディを歌手・ちあきなおみが『ちあきなおみ節』で歌っていてくれたことに。
大ヒットと大賞は頂いたが、作家として第二次冬の時代は突然訪れた。
どんな作品を作ってみても、ちあきなおみの歌唱・ボイスが私の耳から離れない。
『中村節』を書くつもりが、何を書いても頭の中でちあきなおみが歌っていた。
そのことに悩みながら、心とは裏腹に、大賞をとった作家として自分自身を大きくみせる、鼻持ちならない作家になっていた。

◆◆ちあきなおみのボイスを今、素直に楽しめる

その後も、桜田淳子、細川たかしがレコード大賞の最優秀新人賞をとれるだけの作品を提供していたが、私の心に霧のようなものが立ち込め、晴れることはなかった。
しかし、数十年経って、ちあきなおみの復活を願う人々の声を聞くたび、
「そうか・・・、私だけじゃなく、一般の方々の心にもあの素晴らしいボイスが、鮮やかに深く残っている。一人の作家として、彼女の声を受け止めるのではなく一般の方々と一緒に楽しめれば良い」
そのことにやっと気がついた。
そして今は、自分の想いのままヒット曲にもこだわらず、その日・その時感じたものを作品に素直に反映する楽しさを味わっている。
『中村節』は今やっと完成した。
“VIVA!! ちあきなおみ”
あなたこそ、私の作家としての宝物です。


ほかの記事も読む


中村泰士
作詞・作曲家。1939年生まれ、奈良県出身。ちあきなおみ「喝采」、桜田淳子「わたしの青い鳥」、細川たかし「北酒場」、五木ひろし「そして・・・めぐり逢い」など、多くの名曲を世に送りだす。

The CD Club Online ここに掲載したコンテンツは、株式会社ソニー・ミュージックダイレクトから使用許諾を受けたもので、著作権は、株式会社ソニー・ミュージックダイレクトに帰属しています。Copyright (C) 2005 Sony Music Direct(JAPAN)Inc. All Rights Reserved.


情報更新:2008/05/10

s