シニアの応援サイト「いきいきネット」

いきいきネットは中高年の応援サイト

ライン

フジ子・ヘミング
生き方を映す音色

原田芳雄 


遊び心とフジ子オリジナル
  東京の下北沢は下町的な雰囲気を漂わせた町ですが、町全体が一つの大きな水脈のようで、年がら年中それが新陳代謝しているんです。定着型のどっしりと安定した町ではなくて、 常に流動している。その角に昨日まであった店が、今日はない。路地を曲がった途端に、昨日な かったものが急に生まれている。フジ子さんはそ ういう町が大好きで、だから住み着いたのよと言っていました。

画像  下北沢には町の心臓部と言っていいような、 戦後の闇市から続いている市場がありまして ね。フジ子さんはいつもそこで買物をして、はち きれんばかりになった袋を両手に提げて帰るんです。二、三日分の食料をまとめ買いするんです が、猫の居候が多いから大変な量になる。でも ご本人はまるで無頓着だし、そんな姿が町に溶 け込んで、実に自然なんですね。だから下北沢 をフジ子さんが歩くだけで、一つの映像が成立してしまう。

  下北沢には小さな劇場がたくさんありまして、 かつては映画館もあったんですが、いつの間にかなくなってしまった。そこでわれわれ映画の関係者、衣装や美術のスタッフなどが集結して、映画館を一軒立ち上げたんです。そこから生まれた映画『ざわざわ下北沢』に、 フジ子さんに出演していただきましてね。市川 準さんの監督で、オリジナルの、下北沢という 町から生まれる映画を撮ったんです。同じ町の 住人ということでお願いすると、フジ子さんご本 人の役ということで快く受けてくれました。台詞 もほとんどがアドリブでしたが、それは素晴らし かった。  こだわりを持たない、自由そのものの人、ある がままの人、あるがままが魅力的な人なんです ね。衣装だって全部ご自分で縫いますし、素材にもこだわらない。和服であろうがなんであろう が、自分の感覚で選んで、好き勝手に組み合わせて縫い上げる。CD ジャケットの絵も素晴らしいのをお描きになる。一人遊びがお好きなんです。お宅に伺っても、あらゆるところに遊び心が あふれている。「ここは自慢だから」と言われて 見ると、トイレに障子をはめてある。既成の概念にまるでとらわれない。気に入るとガラクタのようなものでもなんでも買ってしまうけれど、それだけで終わんなくてフジ子さん流のアレンジを加味する。家中にあふれてます、フジ子オリジナルが。本来の用途に関係なく用いられ、置かれるというコラボレーションを楽しんでるようで本当に面白い。

発見の悦びがあるから反復は楽しい
  実に気さくな人で、映画『ざわざわ下北沢』 のキャンペーンの時も気楽に出ていただきました。50 人くらいの劇場で僕らが演奏したんですが、フジ子さんにもお願いしましてね。アップライ トのピアノも入れられないような狭い場所でしたが、「いいわよ、それで」とエレピを弾いてくれたんです。前代未聞ですよ、フジ子・ヘミングがエ レピを弾いたというのは。曲は「サマータイム」で、サックスの早坂紗知 とのセッションでした。お客さんは、「生涯二度 とないだろう」と大喜びでね。すごかったですよ タッチが。エレピなのに。しかもそれがとても自然なんです。どこにいても自然に振舞える、いや、振舞っているのではないんだな。存在そのも のが、まさに自然なんですよ。どんとした、ゆるぎない大きな世界なんですね、あの人の存在その ものが。  お宅に伺うと、いつもピアノに向かっていまし たね。演奏は、とくに練習はある種の反復です が、必ず一回性のものが潜んでいて、その発見 に悦びがある。いつどこで得られるかはまるで予測がつかないけれど、それがあるから反復は楽 しい。反復の中で二度と得られない一瞬をとら えられたらという、ジャズの精神に似たものを感 じましたね。

  いつ、どこでだったかは忘れましたけど、話しながらスタンダート・ジャズを弾いてるんですよ。 クラシックの演奏会でも、曲が終わり、ジャズを 鼻歌でうたってから、次の曲に入ったことがあり ました。  クラシックは楽譜があって、それをいかに解 釈し表現するかが演奏家の領域のようになって いますが、初期にはもっと自由だったらしいです ね。ジャズの演奏家のように、自由に自分のテク ニックを発揮してもかまわない箇所が設けられていた。フジ子さんも、おそらくそういう姿勢で音 楽に向き合っているという気がしましたね。だか ら演奏会では、彼女が生きてきたその全体が肉 体を通して出てくる。フジ子さんの演奏の魅力 がどこからくるのかということはわかりませんが、 フジ子さんの全生涯、今までが凝縮されている。 それを感じるからこそ、多くの人が感動するので しょうね。
  テレビの特番をご覧になって演奏会に行かれた方も多いと思いますが、「えー、こういう演奏 があったんだ」とびっくりされたと思います。いい演奏とはどういうものかというと、非常にうまく弾 くということではない。まったく優等生的な演奏なのに、感動できないこともありますからね。フ ジ子さんぐらいのレベルだと、大変な技術があ るのだけれど、ただそれだけじゃない、もう一つ の何かがある。なんだかわからないけれど、それが聴き手に迫ってくるんでしょうね。

アンバランスなマジック・ハンド
  演奏会が終わり、雑談をしていた時に、疲れてるでしょうと言って、フジ子さんの手をマッサージしたことがあります。演奏の直後だから精神 的にも肉体的にも昂揚していて、手は熱を持ってジンジンしてました。今にして思えば非常に貴 重な体験でしたね。
  驚かされたのは、掌の肉球がものすごく厚いんです。それに右が硬くて、左はとても柔らかい。硬さと腱の張り具合が、別人かと思うほどア ンバランスでした。フジ子さんが長年やってきた 演奏によって、自然とできたものなんでしょうね。 10 本の指を使うので両方が同じように発達する と思いますが、まったく違うんです。全然ちがいますよと言ったら、「えッ、そうですか」ってご本人も気づいてないんです。  フジ子さんの演奏を聴くたびに掌の感触がよみがえって、あのマジック・ハンドだからこの音楽が生まれるんだ、と僕は納得してしまうんですよ。(談)

 

これまでの記事も読む
 

原田芳雄
 1940年2月29日、東京生まれ。『復讐の歌が聞こえる』(68)で映画デビュー。映画主演作が100本を超え、報知 映画賞助演男優賞、ブルーリボン賞主演男優賞などこれまでに多数の賞を受賞。03年には紫綬褒章を受章。現 在も映画やテレビで幅広く活躍中。

 

情報更新:2006/07/21
 

→プレゼント・招待

いきいきネットのトップへプレゼントいきいきクーポン企画展示ショッピングいきいきネットとは
箱根を案内するサイト学ぶ旅行暮らすぶらり街探訪文字サイズを変えるには
いきいきネット/© All rights reserved.